eスポーツチームのアナリストとして5年間活動しました。取り組みの記録と献言。

 昨日2月29日に、2024年3月末をもってSunSisterが解散することが発表されました。私が活動していたSunSister PUBG部門は昨年末の大会が最後ということになります。思い返せば2019年2月に私がSunSister Suicider’s(確かこれが正式表記だったように思います)に関わり始めてから5年が経過していて、SunSisterでは沢山の人たちとの思い出があるのに、あっという間のことのように感じられます。  チームの解散が一旦の大きな区切りであることは間違いないので、この5年弱で私が見たもの、感じたこと、考えたこと、取り組んだことについて全く何も発信しないままにしておくことは少しもったいないような気がして、この文章を書くことにしました。なるべく量を抑えようと思っているので、触れることが出来ないトピックなどもあるかと思いますが、PUBG競技シーンに留まらずeSportsに関わる方々やチームを応援して頂いた方々に少しでも興味を持って読んで頂ければ幸いです。  改めてお断りする必要もないかと思いますが、以下で私が述べることは全て私個人の見解であり、所属していたチームや関係者の意見を代表して述べているものではありません。また、プレイヤーでもない私の回顧録になってしまっては面白くないと思うので可能な限りそうした要素を排除していますが、具体的な例を挙げた方がわかりやすく説明出来る部分があることや、時系列に沿って書いた方が私がやりやすかったこともあって一部そうしたテイストになっています。お付き合い頂ける方はお許しください。
 私の活動について言及する前に、この場を借りて御礼を申し上げたいと思います。SunSisterの代表であるmoruさん、素晴らしい時間を共有してくれた選手の皆、データアナリストのちゃこさんやマネージャーの皆さんをはじめチーム関係者の方々、SunSisterというチームを応援して下さったファンの皆さま、そしてPredatorさんをはじめチーム、PJS、PJC各トーナメントをスポンサーとしてご支援頂いた各社さま、PJS、PJCといった大会主催・大会運営の方々、素晴らしい練習環境を用意して頂いたPUBG SCRIM JAPAN関係者の皆さま、KRAFTON JAPANの方々、大会出場チームの関係者の方々、大会視聴者の皆さま、形は様々ありますが、熱い大会を作ろう、PUBGの競技シーンを一緒に盛り上げようと関わってこられた全ての皆さまに篤く御礼申し上げます。皆さまと一緒にこの5年近く、途轍もなく素晴らしい経験をさせて頂いたことは私にとって置き換えることの出来ない財産です。ありがとうございました。私が5年間で見せてもらったもの、与えてもらったものをこれからの活動で少しずつではありますがご恩返し、還元して参りたいと思っています。
2019年韓国OSMにて。撮影: moruさん
2019年韓国OSMにて。撮影: moruさん
PNC2023ソウルにて。
PNC2023ソウルにて。
 
 以下のような構成で書いていますので興味のある部分を(もちろん可能なら全部!)お読み下さい。

 
SunSisterでの5年間ビデオゲームの優位性――身体スポーツとのデータ活用難易度の比較当時の”eSports”のデータ事情ビデオゲームのデータ取得コストは身体スポーツに対してめちゃくちゃに低いPUBG APIはすごいアナリストの仕事はじめにやったこと役立った本アナリストに求められる能力と技能ランドマーク 情報の意義と駆け引き国内大会のアナリシス協業、あらゆることを試すAPIの活用――巨大なデータ群の威力全プレイヤーが集めるデータデータアナリストとの協業無数のデータQoLデータによる意思決定答えを用意する裏付けられることの価値データドリブンの責任を誰が負うのか仕様変更に気づけなかったPJCデータ活用の展望パフォーマンス指標の確立他分野との協業5年間のおわりにeSportsへの献言 ――可能性と課題点公正さドーピング対策不正ツール・行為対策ルールの透明性・機密の管理選手の権利と理解ファンダム――私たちには何が可能か大会参加者がファンダムのために出来ることチームへのインセンティブ、プラットフォームの可能性大会チャット欄――そのコメント、おばあちゃんに見せられますか?プロゲーマーはスポンサーに何ができるかプロゲーマーはストリーマーに勝てるのか――最強の価値は?
 

 

SunSisterでの5年間

 私がSunSisterに関わりを持つようになったのは2019年1月のPUBG ASIA INVITATIONAL(PWI2018でSabracさんのグレネードが届いたシーンが有名ですが、その大会の後にマカオで開催された国際大会。出場権自体はPJS Season1 Phase2の結果で獲得したものだったはず)をいち視聴者として観た後、このチームが世界で戦うために何か自分にサポート出来ることはないかと思いSunSisterのWebページの問合せフォームから連絡したことがきっかけでした。
 記憶している限りでは「誰にでもお返事してるわけじゃないけど、筋が通った文章だったから一回お話を聞かせてもらいたいと思って」と幸いにもお返事をもらって、代表のもるさんや当時のメンバーとお話しして「アナリストとしてならこういうことが出来ると思っています」という話と個人的に作った成果物の簡単なプレゼンをしたと思います。私には専門的な統計やデータ分析の知識もFPS競技シーンでの活動経験もほぼありませんでしたが、幸運な巡り合わせでチームに拾ってもらい、その後の活動が始まりました。

ビデオゲームの優位性――身体スポーツとのデータ活用難易度の比較

 アナリストをやらせて欲しい、と言った私の当時の状況としては、PUBG自体は流行しだした頃からプレイしていたし、国内・海外の大会も視聴していたのでゲームの基本的な部分の理解はありました。そして今でも利用されている方もいると思いますが、当時PUBGプレイヤー間で頻繁に使われていたPUBGのゲーム履歴をトラッキング出来るWebサービスとして「op.gg」や「dak.gg」というサイトがあって(op.ggはLoLで特に有名だと思います)これらのサービスでは自分のIGNで検索すると自身が過去にプレイしたマッチの履歴、キル数や与ダメージ、順位などを閲覧することが出来ます。競技シーンへの関わりを持っていなかった当時から、こうした情報を競技シーンでも活用出来れば面白いんじゃないか、と漠然とした考えを持っていました。
現在のhttps://pubg.op.gg プレイヤー戦績画面。マップ上のキル発生位置なども見ることが出来る
現在のhttps://pubg.op.gg プレイヤー戦績画面。マップ上のキル発生位置なども見ることが出来る

当時の”eSports”のデータ事情

 「e」Sportsに限らなければスポーツの分野でデータを活用した研究や試合の分析というのはプロチームから学校の部活動まで遍くところで行われています。
 もちろん当時もeSports、特にLoLなどでデータ分析を行っておられた方はいましたが、少なくともスポーツ全般で行われているほどには広がっていませんでした。PUBGでもPJS αリーグから選手として活動されていたkuraspaさん(2019年には当時のDetonatioN Gaming Blackでアナリストとしても活動されています)がデータや戦略面における見解や視座を発信されていて、私はそこから多く学ばせて頂きましたし、元CGWで選手をされていたMrYoppyさんがErangelにおけるミリタリーベース安全地帯についてのデータ分析に基づく考察を公開されたりもしていましたが、当時国内トップチームのひとつであったSSSにもアナリストの需要はあったのに経験という点では完全に素人の私が来るまでそうした役割の人がいなかったわけで、私の知る限りでは恐らく国内外を通じて他のスポーツほどには活発でなかったと思います。
 eSportsまわりのそうした分析作業や成果を表立って目にしなかったもうひとつの理由としては、チームが保持している戦略や情報を公開することが難しい、というものもあります。有益な情報を公開すれば同じリーグで争うライバルチームの目にも入るわけで、その判断をするのは難しいです。例えばPUBG競技シーンで活躍したDGW(DetonatioN Gaming White)というチームには誰もが認めるような高度に練られた戦略があり、当時分析を担うNicopさんというアナリストもおられましたが、そうした情報は部分的にしか公開されることはありませんでしたし(国内シーンのために部分的とはいえ公開をするということはそれまでほとんどなかったし、素晴らしくありがたいことなのですが)、私もここで書いているような些細な情報でもチームが存続するならば公開することはなかったと思いますし、この記事で触れる内容も現役で活動を続ける選手の邪魔にはならないよう、少し前のものを中心にしています。2019-2020年にはPJSにもアナリストを置くチームが増えましたが、いわゆるアナリストという立場の人間同士が交流や手法などについての情報共有を図るのは選手間の交流よりもセンシティブだったと思います(少なくとも私は思っていました)。シーン全体の発展を考えるならば打破すべきところも多いはずですが、他チーム同士戦友でありライバルであるというのは難しいところです。

ビデオゲームのデータ取得コストは身体スポーツに対してめちゃくちゃに低い

 少し話が逸れてしまいましたが、私がPUBGのデータ分析に興味を持ったのは、先の戦績トラッキングサイトなどを見た時に、他の身体スポーツなどに対してビデオゲームには絶対的な優位性があると直観的に感じたからです。どの部分にあるかと言えば、まず第一にデータの取得コストにおいてです。
 例えば国内プロ野球や大谷翔平選手の活躍でもよく目にするアメリカのMLBでは投手がどこにどんな球を投げたのか、打者はどのゾーンの球をよくヒットにするのか、今の打球の初速は時速何キロだったか、といったレベルのデータなら私たち視聴者にもスポーツ番組を通じて公開されていますが、こうしたデータを取得するには専用の機器とシステムが必要です。野球であればTRACKMAN社が提供しているシステムなどがありますが、こうしたシステムを導入して試合のデータを取得するのは安くても数百万円から数億円規模の投資で、規模の小さいアマチュアチームや学校の部活動で導入することは困難です。あるいはサッカーにおいても専用の計測機械を配置したりウェアラブルデバイスによる計測、動画の解析システムなどが走行時速や距離、パスのインターセプト判定やタックルの成否判定などに利用されていますが、いずれも動作や試合中のイベントを「データにする」ための装置や加工の工程が必要です(動画についてはゲームでも近いことが必要だと思いますがフォーマットはより明白に整っています。アメリカンフットボールで動画からパスのインターセプト判定を行うには毎回異なる状況を処理しなければなりませんが、FPSではキルが発生すれば毎回画面の同じ位置にキルログが流れ、ヘッドショットで倒したならその旨も画面上に表示されます)。
TRACKMAN社のPortable B1 https://www.trackman.com/baseball/Portable-B1/what-we-trackより引用
TRACKMAN社のPortable B1 https://www.trackman.com/baseball/Portable-B1/what-we-trackより引用
 それに対してビデオゲームでははじめからデータとして処理されています。オンラインの対戦ゲームであればプレイヤーの位置情報や装備、攻撃などの動作は最初から可逆的に再現可能なデータとしてサーバーが一度預かり、対戦相手に送信されます。言わば最初からデータ分析の土台が整った状態にあるわけです。これは覆すことの出来ない絶対的な優位性で、「リアルで」行われるスポーツの動作や進行状況を取得・蓄積してデータを集めるのとゲームのデータを集めるのとではスタートラインが違いますし、環境さえ許せば小さなチームでもデータ分析に手を出すことが出来ると思います。もちろんチームだけでなく運営・開発にも有用で、例えば先日公開されていたPUBG開発チームによるガンプレイに関するレポートでも、各武器間の勝率などのデータについて触れ、バランス調整に言及されていました。

PUBG APIはすごい

 ところがそうした対戦ゲームのデータを一般のユーザーにも利用可能な状態で公開しているゲームタイトルというのは数が限られていて(維持運用コストも結構高いはずです)、PUBGが公開している「PUBG DEVELOPER API」は申請さえすればほとんど縛りなしで一般のユーザーが記録されている全試合のデータにアクセス出来るという点で、当時も今も非常に貴重で珍しい存在なので、興味を持たれた方は是非一度覗いてみて下さい。
 ここまでビデオゲームのデータ分析との親和性について書いてきたわけですが、SunSisterに関わり始めた当初の私には全くといってデータ分析に必要な技能はありませんでした。

アナリストの仕事

 そういうわけでゲーム歴だけはあるけれども特段プロフェッショナルな技能を持たない人間が、プロの競技選手、チームに提供出来る視座や分析を考えるところから私の仕事は始まりました。

はじめにやったこと

 並行でAPIからデータを取ってくる方法やらデータ分析に必要なプログラミング言語やらを勉強しつつ、まず手作業でデータを集めました。たまに伝え聞く、APIがあまり利用出来ない他のゲームタイトルの競技シーンのアナリシスも大部分が手作業らしいのですが、それとほぼ同じことを行ったと思います。
 私がやりたかったことは沢山のデータ(それも信頼できるもの)をいじり回して新しい視点や使えそうな指標を見つける、ということだったので、それを支えるためには手動でなるべく多くのデータを集める必要がありました。ここからは当時の画像などを紹介しつつ進めていきたいと思うのですが、例えばこれは一番最初にSSSの皆に「こんなことが出来ると思います」というサンプルとして持っていった時のデータシートの一部です。
 当初のデータシートはGoogle Spreadsheet上で、1試合につき240項目くらい手動入力が必要な情報がありました。ここに出ているものはPJS Season2 Phase1 Grade1の試合だと思いますが、安全地帯の中心の前フェーズからの偏りや、チームのムーブ開始タイミングなどは客観的基準を設けても一定程度属人性が発生(1人でやってましたが)してしまうので「手動でデータを集めるのって思ったより大変だな」と感じた記憶があります。
 他にもプレイヤーの位置座標を手動で見て記録してインタラクティブなマップやグラフなどを作ろうとGoogle Data Studioに連携するシート(入力量が膨大過ぎたのでAPI利用のための勉強に時間を割いた方が良いだろうとすぐやめましたが)や、スクリムを見ながら入力出来る形、個人のメモ用など色々なものを試しました。やっていて感じたのは持続可能ではないということ(自分がこれを年単位で継続するのは難しいと思いました。そう思いません?)と、スクリムや競技シーンに対しての知識が全然足りないということでした。
 データ集めについては2019年夏頃(SSS→SSTになった頃)にようやく最低限APIから取得したデータをローカル環境で触ったり出来るようになったので、それ以降スクリムや大会の数値関連のデータを手動で取らなければならないことはほとんどなくなりました。
 競技シーンの知識不足に関しては世界中の大会を観たり、スクリムを見て後に疑問に思ったこと(なぜあの場面でこの判断をするのか、など)を選手の皆に聞いてオーダーの考え方や個人の判断基準などを教えてもらいました。

役立った本

 もしかしたらeスポーツチームのアナリストを志そうという方が読んでいるかもしれないので、いくつか私の初動を助けてくれた本を紹介します。以下のリンクはアフィリエイトリンクではありません。
 当時調べた限りeSports分野でのデータ分析というテーマではほとんど情報がありませんでした(調べても海外有名チームが出している「データサイエンス修士号以上」みたいな条件の求人がちらほらあるくらい)ので、既に実績がある身体スポーツ分野のデータ分析を知ろうと思って何冊か本を読みました。
  1. ビッグデータ・ベースボール
 MLB球団ピッツバーグ・パイレーツでの事例に基づいて当時最新の指標やそれを活用した選手や試合の評価などに触れた「進化版マネー・ボール」といったところの内容です。特にフレーミング技術を測定可能になったことが捕手の評価基準に大きなインパクトを与えた話は面白かったです。個人的には野球は門外漢のデータサイエンティストがどのように現場の考え方を受容して(もちろんその反対も)、選手やコーチ、監督などと協業するかという点も書かれていたのが大変参考になりました。
  1. なぜ全日本女子バレーは世界と互角に戦えるのか
 こちらは国内のバレーボールに本格的なデータ活用を持ち込んだアナリストの方の著書で、実例から具体的なデータ取得、保存と活用について詳細に書かれています。「この場面でアナリストとしてこういう提案をした」「選手はこういう形でデータに触れていた」など非常に具体的に書かれていたので、私は参考にして初期の手入力での記録方法やフィードバックなどを作成しました。
 次の本は身体スポーツではなくeSportsについて
  1. The Invisible Game: Mindset of a Winning Team
 この本を読んだのはSST加入から1年以上後で、内容もデータ分析ではなくeSportsチームが実際の大会で戦い勝つためにどのようなマインドセットを持つべきか、思考をするべきかというどちらかと言うとコーチやマネージャー、プレイヤー向けの事柄ですが、eSports分野をテーマにした書籍が特に少なかった当時質の高い内容にまとまっていて勉強になりました。
  1. 独学プログラマー Python言語の基本から仕事のやり方まで
 データ分析によく使われるプログラミング言語の代表であるPythonを学ぼうと思ったときに参考にした本です。全く知識ゼロの状態からだとちょっと難しいかもしれませんが、「幼い頃からプログラミングに親しんで当たり前のようにプログラマーになったわけではない」人の視点から語られるため私には読みやすかったです。一応プロになるという方向を向いている人のための本なので、その点はご留意下さい。
 Pythonの学習はいくつかのデータ分析を実地的に進めるオンライン教材とこの本、そしてやりたいことが明確だったので実行する上で躓く度に必要なものを学ぶという形で進めました。

アナリストに求められる能力と技能

 チームに関わって実際の状況やニーズが明らかになるにしたがって、アナリストとして求められている人間には大きく分けて3つの能力が要るのではないか、と感じるようになりました。
 以下の画像はその頃自分の考えを整理するために作ったものですが、今はなきTwitterに掲載して内容のニッチさの割に当時反響を頂きました。
 自分がよくわかっていない分野も多いので細かい部分の言葉選びが適切でない可能性はありますが、大きく分けて
  1. 情報を集めてくる能力
  1. 仮説を立ててそれを検証する能力
  1. 検証した仮説をチームに伝える能力
が必要だろうと考えました。1の情報を集めてくる能力については各方面にアンテナを張っている、ルールブックやゲームの仕様を正しく理解する、練習試合も含めチームが得られるありったけのデータを集める、という基本的なことに加えてPUBGの場合はAPIを使ってゲームのデータを取得する、ということも必要だろうと思われました。
 2の仮説の構築や検証については集めてきたデータを正しく使って分析・整理を行い、情報を作成することが主な仕事になると思います。ここで結論ありきの分析をしてしまえば価値のある結果は得られませんし、個人的経験では目のつけどころが良かったとしても、9割位の作業は結局のところチームにとってあまり有益な成果を産まなかったので、それを受け入れる必要もあるでしょう。
 3についてはコーチやマネージャーなどがいれば直接選手に伝える形まで落とし込まなくてもいいと思いますが、伝える能力というのもアナリストの仕事では重要で、自分は検証結果や指標が何を意味しているかをよく理解していたとしても、その重要性をプレイヤーやコーチにも理解してもらうにはそれらをどれだけわかりやすく伝えられるかが鍵となります。
 これらは上から下に、1から3に流れがあるというものでもなくて(もちろんデータがなければデータを使った分析は出来ないのですが)、チームが今何を課題としていて何を求めているかを知らずして有益な成果を届けることは出来ないのでチームの課題や選手の考えを知る、そして伝わるように伝える、ということが必要です。
 偉そうに書いていますがこれら全てを私が十分にやってこられたとは思えません。そもそも上記全部を1人でこなすのは至難の技とも言えます。例えば1や2の一部はデータサイエンティストなどと呼ばれる人の領域ともとれますし、3はチームの体制次第ではより少ない仕事量で済むでしょう。とはいえいずれにしても3つ全ての能力が求められることに今も変わりはないと思っています。

ランドマーク 情報の意義と駆け引き

最初期のランドマークまとめ画像
最初期のランドマークまとめ画像
 前項でも書いたように、アナリシスの結果や見解を伝えるには適切な手段や媒体を探さねばなりませんでした。例えばバトルロイヤルゲームのアナリストの役割として真っ先にイメージされることの多い各チームのランドマーク(初期降下地点)をまとめて提供するという作業では、当時まだマップ毎のセオリーが煮詰まっていなかったり(競技シーンに投入されて日の浅いマップは特に)したが故に現在からすればイレギュラーな降下地点や初動(街降りのチームが伸張せずに近辺の強い集落に付近の別チームが先に入ってくる等)もあり、どのように伝えるべきかやや苦慮しました。
 正直なところトップレベルのチームの選手はチームでの振り返り以外にも個人で何度も試合を見返すので、チームが固定される国内リーグであれば他チームの降下地点を知らないということはまずありませんし、その点ではまとめ画像はあまり必要とされません。しかし例えば試合間にゲームプランを変更するときや、他チームが動きを変えたことを確認する等、あまり時間がない中でチェックする際には役立つ情報だったと思います。そうしたこともあって基本的に5年間チームが参加したほとんどの大会でこうした画像は提供し続けました。
 ランドマークについてもうひとつ書くとすれば、状況が明確になっていない大会、普段対戦しない地域のチームが集まって行われる国際大会などでは複数のチームが同じ地点に降下して真っ先に戦闘が始まる状況(初動ファイト)が発生します。よほど一方的に勝利し続けない限り初動ファイトはマイナスにしかならない(1-2キルポイントと交換で開始直後に1名失うのは手痛すぎます)ために最終的には被ったチームの片方が降下地点を変える、ということが大会ではよく見られると思います。
 中国の17 Gamingというチームは前身のSMG時代から人気の高いマップ中央のランドマークファイトでも絶対に譲らないということで知られていて、今や彼らにランドマーク争いを挑むチームも限られていますが、日本のチームにとっては格上のチームが集まっている国際大会では自分たちが普段降りているランドマークを確保するのを諦めなければならない場面も多くあります。その際に事前に情報をしっかり集めておけば、恐らくランドマーク争いが起こるであろう地点や、複数チームが被ることで降りるチームが存在しない街やファーミングスポットの候補からチームの戦略に合致する場所を選ぶことが出来ます。もちろん場所が良ければランドマーク争いに敗れたチームが後からまた奪いに来る可能性もゼロではありませんが、相当なリスクテイクであることには間違いないので稀です。そうしたことから以前は大会直前のスクリム(フライトテスト)1発目の降下は私にとって手に汗握る時間でした。
PCS3の頃のランドマークメモ
PCS3の頃のランドマークメモ
 自分たちがそのランドマークを確保出来るかは他チームとのパワーバランスやランドマークファイトで敗れてくる可能性のあるチームの過去の傾向、被っているチームが自地域で他に使ったランドマーク実績、オーダーの選手やコーチが以前所属していたチームで降りていたポイントなどが関わってくるため、それらを総合的に勘案して国際大会でのランドマーク決定の際には助言をしていました。

国内大会のアナリシス

 率直に言って私がアナリストとして最も貢献出来ていたのは国内大会「PUBG JAPAN SERIES(PJS)」時代だったと思います。理由としては当時のPJSは複数グレードがあり、Grade1では毎フェーズ4チームが入れ替えられる形だったということが大きいです。入れ替えチームが少なければ同じチームに対して傾向の分析や対策を積み上げることが出来ます。また当時はスクリム(練習試合)でも今ほど情報を秘匿するチームが少なかったりもして、いつも取る選択肢が同じであるチームを見つけられたりもしました(PJS Season4でポイントが必要だったSSTがその情報の1つを利用して奏功した場面があるのですが、皆さんはお気付きだったでしょうか)。
 ですから普段のスクリムをオブザーバーとして見れば見るほどに目に見えてチームに有益な情報を提供出来る、という状況がありました。私は選手たちほどレベルの高いプレイヤーではないために、常々自分の視点や情報が反対に選手たちのノイズにならないか、判断を阻害しないかを気にしていたのですが、彼らからはプレイヤー以外の視点があることは本当に助けになる、と言ってもらったことでより様々な情報を提供出来るようになりました。
 これは特にオーダーの立場を担う選手から多かった要望ですが、特定のチーム(ランドマークが近かったりルートの被りが多い、上位争いをする強力なチームである等)について情報をまとめて欲しい、というニーズに応えてはじめの頃に出していたのが下図のような画像です。
 当時これらは当然人力なので全チームとなると私がフルコミットする必要があり、一部のチームに限られました。
 また反省会などで「この安全地帯でフェーズ1にこの場所までいけるか」等の話が出たりするとそれに対して出来ると思うとか、不可能ではないがここをケアする必要があるとか、外から見ている人間として補助的な意見を出すことはかなり信頼出来る助けになり、私も反省会でチームの戦略や意図をより深く知ることができてその後に繋がっていったと思います。

協業、あらゆることを試す

 情報をどのように伝えるか、また戦略や戦術に新しい視点をどうやって取り入れるか、という面では相当多くのことを試しましたし、チームには試すのに協力してもらいました。本当に感謝しています。月次の分析レポートを読んでね、の形で投げていたこともありますし、テーマ毎に文章にしたり、プレゼンテーション形式にしたり(最終的にはこのプレゼンテーション形式に暫く落ち着きました)そのときのメンバーやチームの色によっても最適な伝え方は異なったと思うので、模索の繰り返しの日々でした。
初期のレポート形式。スプリット数が増加傾向にあるよ、という話
初期のレポート形式。スプリット数が増加傾向にあるよ、という話
 私がやりたいと言って持ち込んだものにも色々と協力してもらいました。米陸軍のライフル分隊の教本から参考になりそうな部分を紹介したり、PGC19でアメリカに1ヶ月選手たちが渡航するときには時差があるので即席のペライチwebサイトを使ってもらったり、Trelloで反省会を整理したり等。選手から「こういうの出来ない?」を受けて実現方法を探すこともありました。
あまりにも手作り感のあるSunSister PUBG Portal。主にPGC19にかけて使いました
あまりにも手作り感のあるSunSister PUBG Portal。主にPGC19にかけて使いました
初期に作成したスライドの一枚。ルールセットSUPERの変更後重要性を増した安地中心やメカニクスの概論
初期に作成したスライドの一枚。ルールセットSUPERの変更後重要性を増した安地中心やメカニクスの概論
 私の広く浅くの能力が様々なことを試すのに役に立った反面、試行錯誤の連続でもありました。私に付き合って毎度丁寧に話を聞いてくれたSSS、SST(2019)の選手の皆には改めて御礼を申し上げます。
当時のフォルダから出てきた色々。雰囲気が伝わればと思って載せます。発言回数と試合のパフォーマンスに注目してみたり、バックパックの容量と使い方に指針を持てないか計測してみたり等
当時のフォルダから出てきた色々。雰囲気が伝わればと思って載せます。発言回数と試合のパフォーマンスに注目してみたり、バックパックの容量と使い方に指針を持てないか計測してみたり等
 こうしたことを通じて明らかに言えることは、アナリストの仕事は選手たち、チームとの協業をいかに上手くこなせるかが成果に大いに関わってくると感じたということです。当たり前と言えば当たり前の話ですが、私の話に傾聴し、意見を共有してくれる選手たちがいたことで可能性は大いに広がりましたし、多くのことを学ぶことが出来ました。もしオブザーバーとしてマップを録画するだけ・ランドマークをまとめるだけになってしまっていたら、費やしている時間と得た情報が勿体ないままになっていたと思います。

APIの活用――巨大なデータ群の威力

 先述したようにSSS→SSTになった2019年夏頃に、ようやく私はPUBGのAPIを使って試合のデータを取って来てビジュアライズすることが出来るようになりました。全く高度なことはしていないのですが興味のある方向けに書いておくとAnacondaとJupyter NotebookのPython3ローカル環境でpandas、matplotlibとseabornの機能を主に使っていました。
 それまでの試合を見返す手段としてはMAP配信などの他にいくつかAPIを利用した試合再現サービスがあり(日本の方が開発されているものもありました)、私は信頼性や使いやすさの面で現在のTwireの簡易版のような機能を持ったotter productionsが提供するWebサイトを利用していました(知る限り国内で他に少なくとも1チームは利用していたようです)。ただこのサイトがニッチ需要を理解して大分しっかり商売をしていて、月額200ユーロもかかったのでとにかく早く自前で出来るようになりたかったです。その金額のお陰で勉強が捗ったということも出来るかもしれません。余談ですがあるときCiNVe選手が私が自腹で(当時はチーム単位での利用が出来なかったので完全に個人使用でした)支払っている金額を知って「そんなんあかんわ」とチームに費用負担の直談判をしてくれました。その節はありがとうございました。
 さて、PUBGのAPIから取得できる情報には大まかに2種類あり
  • 試合の結果データなど概要が記録されたstats
    • キルポイントや順位ポイントの計算はこのstatsだけで可能
    • 他にもトータルの走行距離や与ダメージ、アイテム使用数統計等を記録
  • 位置情報座標やアイテムの取得、ダメージ付与等詳細に記録したtelemetry
    • 1試合100万行以上あるログデータ
    • プレイヤーや安全地帯の位置なども細かく記録されている
    • op.ggのキル発生位置のデータやTwire.ggはこれを元にしたもの
 これらの情報が過去2週間以内にライブサーバーで行われた全ての試合分(100万以上のアクティブゲーム人口がプレイした試合ですからとんでもない量です!)とeSports用のサーバーで行われた期間を問わずほぼ全ての試合分記録され、自由に取り出すことが出来ます。プログラミングもデータサイエンスも統計もほぼ素人の私はtelemetryから欲しい情報を取り出すのに苦戦しつつも、まずeSports用の通称イベントサーバーから過去の試合を分析し始めました。
 ではそのAPIから得られたデータからどんな知見が得られるのか、ですがこれについてはありとあらゆる可能性が想定出来、今でも構想はあるけれどもやりきれていないことも山程あります。例を挙げるなら私が2019年末にツイート(当時)した各種統計なども簡単に集計することが出来ます。
 
 
 
 チームに提供するアナリシスとしても様々な形がありますが、PGC2019でSSTのSanhokランドマーク予定地に近かったCrowCrowd(後のSaunabois)対策として収集した情報を紹介します。Sanhokというマップが直前のリージョナル大会から導入されたこともあり世界大会に出てくる各チームの動きは未知数でした。ランドマークの項で書いたような地域大会での他チームそれぞれの降下実績からSSTは右側の大きい島中央部から北東部付近をランドマークとして利用しようとしましたが、その場合に障壁となる、高確率で最北部に降下してくるCrowCrowdの移動ルートをケアするためにリージョナル大会でのPhase1の位置情報を取得し、可視化した画像を作成しました。
 こうした多重的なプレイヤー位置情報のプロットはチームへの対策という意味以外にも、特定のランドマークでの展開を知る・研究する際にも有用でした。下の画像は2020年初め頃に当時のGEN.G(今も昔も韓国のトップチームのひとつ)のペカド周辺での利用ポジションを知る目的で補助的に作成したものですが、特に自分たちが普段使わないランドマークを使う場合や新しいマップなど、知見が十分でない場合により早く知識を身につける上で役立ちました。
 「プレイヤーの位置情報がプロット出来るなら安全地帯も出来るんじゃないの?」と思われた方もいらっしゃるでしょう。PUBGにはパッチ時期毎に安全地帯の出現位置に傾向があるとされており、これはゲームのバージョンが大きく変わると変化すると言われていました。初期の安全地帯のデータは1つの期間につきイベントサーバーで行われた大会等の数百試合のみということになり、これは必ずしも十分な数ではありません。本格的に安全地帯全体のパターンや傾向を見るためには数万件の信頼出来るデータが必要です。もちろん数万試合のデータがあれば安全地帯の位置情報以外にも様々な面で活用の可能性が拓けます。

全プレイヤーが集めるデータ

 ところが数万試合を集めるとなるとイベントサーバーだけでは足りず、ライブサーバーで行われた試合のデータも必要になります(この場合は競技シーンで行われた試合以外も含めるということになります)。そしてライブサーバーの試合は14日間しかAPI側に保存されないため数を集めるには継続的に取得し続け、自前で蓄積していかなければなりません。

データアナリストとの協業

 この課題を解決し、それ以降のSSTのアナリシスの屋台骨となる部分を担ってくれたのが2021年に加入したデータアナリストのちゃこさん(@chako_esports)です。ちゃこさんと出会うまで私1人の能力ではデータ収集も分析もローカル環境で行うしかなかったのですが、データ取得の自動化や集めてきたデータの加工、DB化、専用のDiscordBotの作成、導入等が行えるようになったことで様々な課題を解決してもらいました。
 ちゃこさんは元々Sengoku Gaming PUBG部門の熱心なファンでもあり、SGのPUBG部門が解散した後唯一選手活動を継続したgaaamiii選手がSunSisterに加入する際に「すごい人がいるから紹介したい」というきっかけで当時のSSTに来てくれました。その当時ちゃこさんはSGのオフィシャルなメンバーではありませんでしたが「選手のためになるなら」「自分の知らない分野だから」という理由でAPIから情報を取得して大会での各チームの移動データなどを表示するDiscordBotを開発して選手たちに提供していました。私や当時の選手たちはそれを見て、是非一緒にやりませんかとお願いして協業がスタートしました。本業はエンジニアの方ですがデータアナリストではないし、SSTで行ったようなBotやwebアプリの開発は専門ではなく、選手たちのため、また自分自身の知見を広げるためにチャレンジをされる姿勢にはいつも敬服します。
 以降のPUBGのアナリシスは選手たちのニーズから私が思いついたことが可能かを相談したり、ちゃこさんから「こんなことが出来るようになったけど何かに使えないか」という成果を話し合って調整したりしながら進めていきました。大会前でかなりタイトなスケジュールでお願いをすることもありましたがいつも応えて頂き、ありがとうございました。
ちゃこさんと話しながらイメージの共有のために見てもらっていたメモ書き。ひどい
ちゃこさんと話しながらイメージの共有のために見てもらっていたメモ書き。ひどい
 ちゃこさんが作ってくれたものの詳細やその過程についてはご本人がnoteにいくつも紹介の記事を書かれているので是非そちらを読んで頂きたいのですが、以下ではアナリシスの面でどのようなことが出来るようになったかについて少し触れます。

無数のデータ

 継続的なデータ取得→保管のプロセスを確立してもらったことで、ランクマッチも含めたライブサーバーの試合データを取ってくることが出来るようになり、1パッチあたり数千~数万試合のデータを集めて安全地帯の傾向やアイテム習得率などを分析することが可能になりました。この数万もの試合ログはライブサーバーを遊ぶプレイヤーたちによって生まれたもので、ランクマッチに限れば安全地帯等の設定は競技シーンで使われているものと同じであるということ、そして競技シーンではライブサーバーの少し前の安定バージョンで試合が行われるということもあって大いに役立ちました。
 上の画像では最近のリニューアル以前のMiramarC4(Phase4の安全地帯)の中心点約2万5千試合分がプロットされています。競技シーン初期から、ランドレシオ設定(競技シーンの8x8マップではフェーズ4とフェーズ8の陸地割合が可能な限り100%になるよう安全地帯が出現するように設定されます)が適用されるフェーズで、Miramarというマップには水域と同じように安全地帯に入らないような挙動をする山がある、ということは知られていました。しかしそうした情報は概ねプレイの反復による経験やソース不明の画像が元になっており、正確に今のパッチ(マップ)でどのエリアが対象になるのかを可視化することが出来ませんでした。
 イベントサーバーの試合データしか使えなかった頃にも同じことを試みましたが、PUBGではマップ外縁部ほど安全地帯が出現する確率は低くなるため数百~数千程度のデータでは不十分でした。ちゃこさんが作成した1~2週間という短い期間のうちに数万以上の試合を収集する仕組みのおかげでようやく望ましい件数の試合ログが集まりました。
 その後、よりインタラクティブなツールを作れないか、という要望に応えてちゃこさんが実現してくれたwebアプリでは、安全地帯の中心位置から過去の次フェーズ安全地帯出現実績を検索出来るようになりました。ブラウザ上で検索したい設定を選んで地点をクリックするだけで過去実績を表示出来るので、スクリム反省会や海外オフライン大会の試合間などでも手軽に運用が可能です。
webアプリの安地検索画面
webアプリの安地検索画面
 複数のエリアがC4に影響した場面では、どのC3位置ならこちら側に安全地帯が確定になるのかを細かく確認したいことがあります。例えば下のLos Leones周辺では街の北西側に寄るのか、それ以外の可能性があるのかをLosの「o」の字をひとつの目安として選手が試合中に判断出来る、というような感じです。

QoL

 活動初期から試合間に直前の試合で他チームが初動どのように動いたか、想定に対してイレギュラーとなる動きはあったか等、毎試合のフィードバック画像を作成していました。特に終盤まで生存orドン勝して次の試合までのインターバルが短い時間しかない状況でも、ひと目で必要な情報がわかるような画像が役に立つ場面はあります。初期降下の変更や検問の試みがあったとき等。必要なときもそうでないときもいつもそこにあるように画像を毎試合作るわけですが、初期降下~ファームまでの時間画像の用意に張り付くと重要なイベントを見逃さないようにするのが大変だし、毎度MAP配信のスクリーンショットなりを用意しなければならないしで忙しいです。
 そこでちゃこさんが加入時点で既に作っていたマップ移動描画のシステムを、当時の選手からのフィードバックや要望を踏まえて調整した上でDiscordに毎試合終了時に画像を送ってくれるBotを作成してもらいました。
最終的な初期降下表示botの画像。航路やサークルに加えてチームの移動タイミングやバックパック内アイテムを考慮して判定された初期ファームエリアの枠も表示されています
最終的な初期降下表示botの画像。航路やサークルに加えてチームの移動タイミングやバックパック内アイテムを考慮して判定された初期ファームエリアの枠も表示されています
 また、過去に取り組んだ分析のメソッドやビジュアライズについてもwebアプリを提供してもらいました。例えばファームを終えた時点での取得アイテムをポイント化して他チームと比較したり大会毎に異なるスピード感のメタを把握するために用いたファームスコアを算出したものや、ムーブタイミングの測定、距離や使用武器に応じたダメージ部位種別の表示など以前の大会で取り組んだ成果物を最新の大会でも同じように、しかも簡単に閲覧することが出来るようになりました。
webアプリの表示例。対象のチームや選手、試合のデータを選択的に抽出出来ます
webアプリの表示例。対象のチームや選手、試合のデータを選択的に抽出出来ます
 これは先述の安地検索アプリでも言ったことですが、インタラクティブかつ手軽にブラウザ上で操作出来る(csvファイルのダウンロード機能までつけてもらいました)プラットフォームが出来たことで選手も成果物に自らアクセスしやすくなりましたし、私も大変便利になりました。
 選手たちと同じようにチャレンジを恐れず、新しいことを試して実装出来るマルチなちゃこさんというデータアナリストの存在は本当に大きかったと思います。

データによる意思決定

 SunSisterでの5年間の事例を扱う最後として、「データを使ってチームが何をしたか」についていくつかの事例と共にお話しします。PUBGは他のゲームタイトルに比しても特段にゲーム内外での意思決定が重要なゲームだと私は考えています。そしてここでのデータ分析の役割は自分たちの戦略構築やゲーム中での意思決定の助けとなるように定量的に測定可能な知見や指標を提供することだと考えました。

答えを用意する

 例を挙げるならば反省会で「ランドマークが近いAというチームはこの安全地帯のときにいつも早く動き出すので、自分たちももっと早く後追いで通過出来ないか」、「自分たちはこのマップ/安全地帯が不得手な気がする。いつもポイントが獲得出来ていない」あるいは「チームメイトBは早いフェーズのスカウティングでキルされる頻度が高すぎると思う。リスクに対してリターンが十分でない」などチーム全体の方針や意思決定に関わる議題が出た際に、議論を根拠のあるデータに基づいて進めることができるようにしたり、変更点によって成果が生まれたかどうかを測定して次の議論の土台を用意することを指します。
 PJSについて書いた項でも述べた、特定の状況でだけ決まった動きが現れるチームを見つけたりすることも重要ですが、その状況がどれだけの頻度で現れるのか、そのチームは通常に比べて何秒早いのか、そのマップの南西安全地帯のスコアは平均してどれくらい低いのか、スコアが低いときに現れている統計上の要素は何なのか、自チームは他チームに比べて時間経過による人数維持状況が悪いのか、改善案を実行して結果はどのくらい変わったのか、等の問いかけに対して数値や指標で「答え」が用意出来ればアナリシスとしては最高です(簡単ではありませんが)。

裏付けられることの価値

 PGC2019の準備段階のスクリム時点で、当時のチーム内では世界大会レベルの他チームとのDMRレンジの撃ち合いでの差が特に大きいという話が出ていました。私は当初国内リーグとのメタの差異(ムーブ開始の早さやC1中心付近の密度が段違いでした)を選手たちが肌感覚と照らし合わせられるような資料の制作を行っていましたが、この話を受けて急遽撃ち合いの勝率や命中部位から簡易的に撃ち合いの強さを測定出来るダメージスコアという指標を作成しました。
ダメージスコア。上が総合、下はグループステージまでのARに限定したもの
ダメージスコア。上が総合、下はグループステージまでのARに限定したもの
 PUBGでは不利でも撃ち合わなければならない場面やほぼ一方的に攻撃出来る場面もあるため、この指標だけで正確に自分たちの立ち位置を把握することは出来ませんが、結果としてDMRでの撃ち合いでは大きく水をあけられていることがデータ面でも示されました。同時にARでの近~近中距離のファイトでは全く負けていないどころか上位にあるという評価になりました。
 この分析はほぼ選手たちの感覚や危機感を裏付ける形になっていて、SunSisterはPGC19でDMR距離ではノックを取られないことを最優先に情報を取得して、DMRでの1ダウンなどが取れなくてもAR距離でのファイトに持ち込める機会を探し続けるというような動きを採りました。正直なところ無理矢理で厳しいファイトを仕掛けなければならない場面もありましたが、選手も皆腹をくくっていたので戦術を徹底し、世界トップの強豪たちを相手にSemi-Finalsまで進出することが出来たのはチームにとって誇れる結果だったと今でも思っています。
 後にFhy選手がSSTでプレイしていたときに私に「髙松さんが当たり前、わかりきったことと思って、選手もそう思っているような分析結果でも、データによる裏付けを示してもらえることは常に決断をしなければならないこのゲームですごく助けになる」と言ってくれたことをよく覚えています。このときのデータがどのくらいプレイをする選手の役に立っていたかを面と向かって聞いたことはないのでわからないのですが(DMRでは勝てないと宣告するような結果だったし)、当たり前の結果であっても裏付けのあるものとして共有することの重要性はその後ずっと意識していました。
 PJS Season4と5で競技シーンのマッププールにあったSanhokでのランドマーク選択にもデータの裏付けを提示しました。Sanhokというマップは現在のeSportsルールから消えていることからもお分かりかと思いますが、地形やマップの構造が競技シーン向きではなかったと思います。特に島の重心が他のマップに比べて偏っていること(一部極端に周辺の水域が大きい)、マップを分断する川、8x8マップよりも1フェーズ早くフェーズ3で適用されるランドレシオの組み合わせが悪い方向に作用して、狭いマップゆえに安全地帯の位置によっては回避出来ない戦闘→周辺チームの介入という流れから逃れられない場面が多くありました。Season4段階では左上(北西)の島が最終安全地帯になる確立は25%程度でしたがSeason5直前のパッチでは手前の集計で7割という実績の時期があり、しかも左上安地では山頂を確保したチームのアドバンテージが極めて大きかったためにS4からCamp Charlie(南中央)降りをしてきたSSTはS5で選択を迫られました。私はCamp Charlieに降下した試合でSSTが1試合平均2ptしか獲得出来ていなかったことや前述の安全地帯の問題点を示して北西島のHa Tinh(と可能であれば山頂)の確保を検討する材料を提供しました(探したのですが当時の資料が見つかりませんでした…)。
PJS Season5 Grade1 Day2 Round10 PUBG JAPAN SERIES公式チャンネルより引用
PJS Season5 Grade1 Day2 Round10 PUBG JAPAN SERIES公式チャンネルより引用
 当然既に降下しているチームに被せる形になるので初動ファイト発生の可能性が高く、チーム内では激しかったPGS: Berlinの出場権争いへの影響を懸念したこともあって降下地点の変更については多くの議論がありましたが、Sanhokでポイントが獲れれば大会に勝てるし、このまま稼げなければ厳しいだろうという話になって最終的にHa Tinh強襲を選択したと記憶しています。以降S5では航路によってHa Tinh周辺とCamp Charlieの2箇所に降下する体制を採りました。

データドリブンの責任を誰が負うのか

 初めにおことわりしておくと、SunSisterがデータ”ドリブン”のチームであったことは私の知る限りありません。個人的には最後にはプレイをする選手の選択が最も尊重されるべきだし、それが一番勝てると考えていたので、データは裏付けや新しい視点の提案を与えるものに過ぎないと思って活動してきました。ここで言うデータドリブンとは「このマップではこの降下位置が最も勝率が高いからそこを選択するべき」「A選手の各種指標が一番この役割に向いているからその役割に設定する」「獲得選手候補をデータで評価した結果この選手が一番良いのでこの選手の採用を決定する」というような戦略レベルでの意思決定をデータの裏付けを最重要視して行うことです。
 そう言うとちょっと乱暴に聞こえるかもしれませんが、ご紹介した『ビッグデータ・ベースボール』のようなプロスポーツの世界ではフロントが主導してデータドリブンのチームを作ることは結構あることだと聞きます(勝てるチームを作る、以外にも商業的な成功等も目的としてあります)。私もアナリストとしての立場だけで言うなら勿論出来たら純粋に面白いし興味はありましたが、SSTがデータドリブンでなかった理由は色々とあると思います。私が自分にそこまでの分析が出来る自信を持っていなかったこともあるでしょうし、SunSisterというチームが現場の選手の要望を優先してくれて、トップダウンでチームの体制や獲得選手を決めることがないチームであったこともあると思います。それからマンガなどでは大抵データ偏重のデータキャラは噛ませ犬であることも影響した可能性があります(笑)。
 様々理由はありますが一番の理由は選手たちにデータドリブンによる敗北の責任を負わせられないし、飽くまでサポートである私たちアナリストにも到底負えるものではない、そしてデータが全てではなく、論理的な組み立てから咄嗟の嗅覚に近いものまで、プレイを突き詰めてきた選手たちは「Art of FPS」とでも呼ぶべき研ぎ澄まされた能力を持っているから、ということであったかもしれません。別段eSportsチームでは不可能である、という話ではなく、他タイトルであったり他のチームがデータドリブンベースで組織、運営されていることはもちろんあり得ます。ただ、これはSSTだけの話だとは思っていないけれども他のチームのことはわからないのでSSTの話として書きますが、私が見てきた選手たちは皆勝利のために多大な、ときに多大すぎる犠牲を払って取り組み、穏やかな選手も内に尋常ではない熱量と闘争心を持ってPUBGに心血を注いでいました。仕方のないことですが大願叶って国内で勝っても人気スポーツ選手ほどの見返りがあるわけでもありません。ここであまり構造の話をしても題から逸れてしまうのでこの辺にしておきたいと思いますが、兎も角私は最終的には選手たちが自分たちの力で勝って、自分たちの力で負けるしかない、という状況にあるべきで、そしてそれは誰にも邪魔出来ないことであると思うのです。それが私の関わり方にも影響したと思います。加入から半年位経った頃にCrazySam選手と話していて「今までもっとドライな人だと思ってた」と言われました。選手のサポートに過ぎない私がどう関わるべきかは常に葛藤がありました。

仕様変更に気づけなかったPJC

 今でも悔しいことがあります。2021年のPUBG JAPAN CHALLENGE Phase1でSunSisterが採用していたドクトリンでは早いフェーズでマップの中央付近を確保することが重要視されていましたが、大会直前のスクリム等でどうも今までのように安全地帯内から試合を運んでいけないという感覚が選手たちにも私にもあり、その後大会途中で戦略を変更して安全地帯中央の重要度を下げる判断となりました。ちょうどデータアナリストのちゃこさんが加入した時期でもあり協力して安全地帯の偏りを測定して、「前シーズンまでと明らかに異なり外縁部側に出現する頻度が上昇している」と結論を出せたのがちょうどシーズンの半ば頃でした。もちろん考慮する材料のひとつという位置付けではありますが、チームのドクトリンの根幹を揺るがす変更であり、もっと早くにこの点を指摘出来ていればシーズン前に準備をする時間があったのではないか、準備をする時間があればチームは勝てたのではないかと今でも思い出すことがあります。後に当時のメンバーたちと会う機会があってこの話をしたら「関係ねえよ、あのときは俺が弱すぎた」と返してくれました。データドリブンによる決定の責任を負わせられない、という個人的結論はここにあります。
直前までの大会での安全地帯とPJC2021 P1での安全地帯の中心位置の偏り比較。SUPER2021への変更(P1の長さが今と同じ10分に、Shrink見直しでC2以降のサイズが変更に)はあったものの安全地帯の中心からのばらつきを決定するSpread値に変更はなく、このときサイレントでゲームの仕様が変更されたと認識しています
直前までの大会での安全地帯とPJC2021 P1での安全地帯の中心位置の偏り比較。SUPER2021への変更(P1の長さが今と同じ10分に、Shrink見直しでC2以降のサイズが変更に)はあったものの安全地帯の中心からのばらつきを決定するSpread値に変更はなく、このときサイレントでゲームの仕様が変更されたと認識しています

データ活用の展望

 アナリストとしてのSunSisterでの5年間の活動を振り返りながら取り組んだテーマや課題、事例をご紹介してきました。この章の最後に、個人的に考える今後のeSportsに於けるデータ分析の展望について少しだけお話しします。

パフォーマンス指標の確立

 例えばPUBGにおける安全地帯のシステムや乱数、5vs5タイトルでも言えるような定点の開発や相手チームの戦術など「隠された事柄/まだ明らかになっていない事柄」を明らかにして対策の開発や提案を行う情報戦の側面というのもアナリストの仕事としては重要な部分ではあります。しかしながらデータを活用した分析の未来として一般性があり、特に可能性を感じるチームへの寄与が期待出来る要素は、練習や大会のパフォーマンスを的確に測定してフィードバックに繋げられるようなKPI(キー・パフォーマンス・インディケーター)を設定するために現在ある指標を発展・深化させていくことだと考えます。古くから存在するKD比やKDA比に加えて近年はゲーム内のパフォーマンスの測定指標がゲーム側から提供されていることも多くあります(PUBGの与ダメージやValorantのACSなど)。こうした指標をより発展させ、セイバーメトリクスのように体系化された統計データとして運用することが出来るようになれば選手が相対的な自身の能力を把握したり、チームや選手の強化ポイントに対して進捗を測定しながら練習を行えます。
 残念ながら私が関わってきた期間では十分に体系化されたFPSの共通指標、というようなものを作成することが出来ませんでした。多分野の人が関わることが前提になるかもしれませんが、先に述べたようにデータの取得が容易なビデオゲームというジャンルですからFPSや対戦ゲームに共通して適用出来るような指標が提案出来ればプロ選手だけでなく部活動やコミュニティの活動でも活用が期待出来、果たせる役割は大きいと思います。前提として
  • ゲームのデータ取得方法がより開かれて、容易なものになること
    • PUBG APIの項でも書きましたがAPIが制限されていたり、そもそも取得が想定されていないケースも多いです
    • 現在開発・普及が進みつつあるプレイ映像からデータを取得する映像解析ソフトウェアやサービスがゲーム側に依らず最も明確な活路かもしれませんが、測定しきれない部分はやはりあります
  • eSportsシーンでのデータの測定や指標の運用について、開かれた議論が行われること
    • 1チームの内部で簡単に出来ることではありませんし、開示されシーン全体で議論が進めば共通の指標も生まれる可能性があります
    • この記事もPUBGの競技シーンに少しだけでもレガシーを残す、という目的に加えてオープンな意見交換に繋がって欲しいという思いもあって書いています。もしこれがMOBAのアナリストの方に鼻で笑われるような内容だったとしても、ね
の2点が満たされる必要があるでしょう。障壁も多々想定されますが、言及していくとこの記事の長さがトイレットペーパー1本分以上になってしまいそうなのでまたの機会とします。まず私はこの記事で一歩を踏み出したいと思っていますので、是非皆さんにも感じたことや考えたことを反応として頂いて、議論を深めていきたいと思っています。

他分野との協業

 他分野と書きましたがまず取り入れていくべきはスポーツ科学分野の知見だと思います。ビデオゲーム、例えばFPSにもAIMの理論や指導法などは存在しますがまだまだ発展の入口にあり、その数も少ないです。プロシーンが存在する人気競技からそうではないマイナースポーツまで、幅広くスポーツ科学が根ざしている身体スポーツの畑の人がeSportsにもっと関わることでeSportsの分析分野はもっと発展を加速出来るでしょう。
 Driveline Baseballという野球選手個人向けに分析・指導を行っている企業がアメリカにあると聞きました。そこではMLBをはじめ世界トップレベルの選手たちがわざわざ訪れるほどの先進的な分析・練習環境が提供されていると言います。もしこれがeSportsでも実現出来たら(既に部分的にはされているかも)面白いと思いませんか。プロ選手がFPSでAimするときの腕の使い方を動作解析したり、各種身体能力指標からAPM、コミュニケーション面まで測定した多数のプレイヤーのビッグデータを元にそのプレイヤーが同レベルのプレイヤーと比較して何が優れているか、伸び代はどこにありそうかなど、コーチや専門家集団の助けを得てトレーニングが行えるシステム、というのは私がずっとやってみたいことの1つです。
 スポーツ科学といっても多様な分野がありますが、”eSports”と呼ばれるからには身体スポーツやマインドスポーツで行われてきたことから学べることは山のようにあるはずです。

5年間のおわりに

 PJS Season4のDAY4だったかDAY5だったか、まだオフライン大会だった頃の試合終わりの帰り際に当時の選手たちと一緒に遅めの夕食を摂ってから解散しようと、まだ冷たすぎない秋の夜風が吹く東京の街を歩いていました。「これうまそうじゃね?」と彼らが立ち止まったショーケースはサラリーマンがよく利用するチェーンの安価なそば店のもので、手元のたぬきうどんの半券を見つめながらなぜか私は強烈に「ああ、この人たちは本当にゲームで勝つためだけに飛行機ではるばるここまで来たんだ」と思ったのを覚えています。だからといって大会終わりに飲みに行ったり美味しい食事にいく選手が勝つ気がないとは思っていませんし、私も地方から東京に出てきて普段オンラインでしか話せない仲間と会ったらまずいくと思います(SSTの選手たちもいっていたときはあったはず)。ただ選手たちがその時した何気ない選択が、試合で勝つことだけに彼らが注いだ熱量を象徴する出来事として私の心に残っています。
 そのSeason4最終日、DAY6の最終試合終盤、私は大会会場控室の大きなモニターを見つめながらあと何ポイントあればPGC19出場権が獲得出来るのかを必死に計算しようとしていましたが、放送遅延のあるモニターの映像が映し出す状況よりも数秒早くすぐそばの会場から漏れ聞こえてくる観客の悲鳴や歓声が聞こえる度、耳の方に気を取られてはキル数と順位ポイントを何度も数え直していました。「いった、いったよねこれ。おめでとう」画面に最終盤の麦畑が映し出される中、隣りにいたマネージャーのnekotomさんが歩み寄って来ました。半泣きの笑顔と、握手したときの汗だくの手の感覚をよく覚えています。少し前まで所謂”eSports”に冷笑的ですらあった私の脳に刻み込まれた、忘れられない瞬間です。
 どうにかして活動を通して多くのことを学んだことや、人生を変えてくれたこと、私が得た人間的成長を説得的に書きたかったのですがあまり上手く書けませんでした。
 とんでもなくドラマチックな大会最終日の逆転勝利や、歯が立たなくて悔しすぎた大会の思い出、今も昔も、私はずっとSunSisterの選手たちのファンです。PUBG競技シーンに関わることができたこの5年間、あまりにも面白すぎました。ありがとうございました。
 振り返りの内容という都合上、私の勝手でお名前を出させて頂いた方でもし不都合がありましたら、XのDMやDiscordなどでご連絡下さい。また可能な限り精査しましたが事実誤認や情報の間違いを見つけられた方も教えて頂けると幸いです。
 

eSportsへの献言 ――可能性と課題点

 ここから先はより一層客観性がなく、個人の感想になることをお赦し下さい。重ねてになりますが私がここで書いていることは全て個人の見解であり、所属していたチームやチーム関係者としての言ではありません。
 アナリスト活動についての話は少しばかりでも還元の側面がありましたが、ここから先はそうとも限らないのでこれを載せるべきかは迷いました。ただプラスのことでなくても発信する人がいれば議論が深まることもあると思うので、少し関わっただけの若輩者が、と感じながらでも読んで下されば幸いです。
 私が関わったのは1タイトルの1チームだけであることは念頭に置かれてから以下をご覧頂きたいです。eSportsがタイトル依存になりかねない(シーンが終わってしまえば専業選手らのタイトル乗り換えが必要になるが難しい)ということはかねてより言われてきましたし、ここで私が一般性があると誤認して書いているだけで実際には特定のタイトル競技シーン内、特定のチーム内にしかない課題を挙げていることもあり得ます。

公正さ

 私が大会に参加するサイドの視点に立って、ある種驚いたと言ってもいいのはeSportsの競技大会を公正に運ぶ難しさです。eSportsの大会ルールというものはまだまだ発展途上かと思いますし、PUBGのシーンにおいても恐らく競技大会の発足以来運営に携わる方々がeSportsや他の競技の先例を参考にされつつルールブックの作成を行い、課題が見つかる度にアップデートを重ねてこられたことだと思います。私のような大会に参加させてもらっていた側の人間が文句を垂れるようで恐縮ではありますが、個人的に課題があると感じたところを幾つか挙げたいと思います。

ドーピング対策

 コロナ禍以前からゲームの大会がオンラインで予選、あるいは本選まで行われることは多くありますが、オンライン大会ではどうしてもオフラインに比べて不正行為への対策として行えることが少なくなります。
 例えばその1つがドーピング対策です。ここで言うドーピングは何も身体スポーツで問題視される筋力増強剤の使用のことだけを指しているわけではなくて、ワシントン・ポスト紙が2020年に指摘したようなeSportsシーンに於けるADHD薬の用途外の使用等も含みます。この記事で言及されているAdderall(アデロール/アデラル)という薬は日本では未認可であり覚醒剤と同じように取り締まられていますが、国内で処方されている薬品にも近い効果を持つものはあります。念のために申し上げておくと私は国内のeSports選手がこうした薬物を使用しているところを見たことはありませんし、聞いたこともありません。多くのeSports大会は規約で対戦相手よりも有利にプレイするためにこれらの薬物を使用することを明確に禁じています。いくつかのeSports競技大会や、日本eスポーツ連合(JeSU)さんは世界アンチ・ドーピング機構(WADA)や日本アンチ・ドーピング機構(JADA)に加盟して対策を進めているようです。
 実際にこうした薬物の目的外使用によって本当に試合でのパフォーマンスが(総合的に)向上するのかについては議論の余地があるようです。ただここでの問題は、多くのeSports大会ではまだドーピング検査を行う体制が整っておらず、特にオンライントーナメントでは検査を行うことが非常に難しいということです。今後eSportsがますます普及していくにしたがってタイトルやジャンルの垣根を越えた包括的なドーピング対策のための体制づくりが求められてくることは明らかだと思いますし、健全な発展のために必要だと考えます。

不正ツール・行為対策

 不正ツールの使用やデバイスの制限についても同じことが言えると思います。大会運営サイドの方々はかなり努力して下さっていますが、正直なところオフライン大会でレフェリーによる監視があって99.9%の不正を防止出来るとしたら、選手各自の環境から接続するオンライン大会ではその確度は98%くらいになってしまうだろうと感じましたし、最後はプレイヤーの良心に依るところもあります。オフライン大会であっても完全クローズドのLAN環境でないなら(例えばインターネットに接続してDiscordを使用するなら)そのリスクは少し大きくなると見るべきでしょう。
 デバイスに関して言うならば十数年前はモニター側が画面中央にクロスヘアを表示する機能を搭載していてもそれを使用することはハードウェアチートである、と考える人の割合が多かったように感じましたが、恐らく近年はデバイスの機能として受け入れられつつあります。しかし例えばこの先AIを搭載したモニターが登場し、相手キャラクターを認識して強調表示することは受け入れられるでしょうか? あるいはGPUが選択的に環境植生だけを描画せずに画面の視認性を上げる機能を持っていたとしたら? 加速度を検知して自走するマウスは? 馬鹿げた話だと感じられるかもしれませんが、決まりがなければそうしたことが起こり得ると私は考えています。「該当するような製品が出てきてから対処すればいい」というご意見もあるかと思いますが、物言いがつけば後味はよくありませんし、運営にとっても参加者にとっても貴重な機会である大会の価値を守るために事前に可能な範囲の予防策を講じておくことは悪影響にならないと思います。身体スポーツの世界では陸上競技のシューズや水泳の水着など競技で使用する道具にもレギュレーションが課されている(水泳のSPEEDO社製水着「レーザー・レーサー」の問題を覚えていらっしゃる方もいるかと思います。これも後からの規則変更になったことが規制の難しさを表してはいますが)ことを鑑みるに、何らかの明確な基準の設定を試みることが必要ではないでしょうか。
 ゲームメーカーや大会オーガナイザーが垣根を越えて統一的なアンチチート環境やハードウェアの規制を整備することの難しさは重々承知で申し上げるのですが、参加する側の視点で私が感じたのはやはり多額の賞金と選手たちのキャリア、多くの注目を集めて開催されるeSports大会はもっと公正さを担保する仕組みに力を割かなければいけないのではないかということです。
PGS1の競技エリアの様子。基本的に選手の着席中はレフェリーが常に画面や操作を確認します
PGS1の競技エリアの様子。基本的に選手の着席中はレフェリーが常に画面や操作を確認します

ルールの透明性・機密の管理

 競技を行う上での公正さについてもう1つだけ言及するとすれば透明性と機密を管理する上での競技シーンサイドでのルール整備の必要性です。例えば野球やフットボールで来年度からルールが変わることが関係者から漏れ、一部のチームだけが知っていたとなれば問題になります。それ故この問題はビデオゲーム特有のもの、というわけではありませんがビデオゲームは人間が環境から制作し、自然界の物理現象から少し離れたところで行われることを考えると、開発運営サイドはその仕様や変更の可能性についてどの程度競技シーンに共有するのかより明確な指針を持ってもらった方が双方にとってプラスになると思います。
 PUBG競技シーンでもSUPERルールセットからチキンルール(いわゆるドン勝ルール。キルポイントはほとんど価値を持たなくなったため1位をなるべく多く獲ることが非常に重要になりました)に一度大きな変更が加えられ、その後またSUPERルールセットに戻されました。これは正直なところシーンにとってマイナスになった部分が大きかったと思います。あるいは一部の武器や、マップ、アイテムの導入について競技シーンでは否定的な意見が大勢を占めたこともありました。もちろんどのようなルールやフォーマットで大会を実施するかは開発運営会社やIPホルダーに決定権がありますし、常に全員の賛同を得ることは至難の業です(例えば安定的なリーグ運営のために下からの昇格制度を廃止したタイトルでは下部リーグの選手は否定的な反応を示すでしょうが、リーグ全体では恩恵の方が大きい場合もあると思います)。しかしながら同時に競技シーンとの信頼関係も重要です。選手やその周りのスタッフ、ファンからすればなるべくオープンにそうした部分についての意見交換を行い、競技シーンのロードマップを示して、よりシーンが盛り上がるような道筋を共に見つけたいというのが切実な要望だと思います。
 またビデオゲームでは人間が作った環境で競技が行われるという特性上、ユーザーや視聴者には明らかにされていない詳細な仕様が存在することがほとんどです。例えばゲームシステムの仕様、乱数や判定の優先度等、通常ではユーザーが知り得ない情報を持っている開発サイドの人間が開発チームを離れた後に競技シーンのチームやプレイヤーに情報提供を行うことは現状ほとんど規制されていません。もちろん前職での秘密保持義務は存在すると思いますが、競技シーンサイドでのルールという点では整備が必要でしょう。あるいはEULAでデータマイニングが禁止されているゲームであっても誰かがそれに違反して得た情報が広く共有されていることもあります。
 最初の方にも書いたようにシーン内での情報の不均衡はそれ自体各チームやプレイヤーが努力して得た成果であると評価することも出来ますが、同時に一定程度の基準やガイドライン、ルール等が存在しないままではいずれ大きな問題を生みかねない要素でもあります。なお、私がここで指摘したいのはそうしたルール整備の欠如によって予想されるリスクであって、具体的に「アンフェアな」状況があるとか行為があったということではないということはご理解下さい。

選手の権利と理解

 公正さ、という項目で議題に挙げたいもう1つのテーマが選手の権利についてです。プロゲーマーと呼ばれる人達とプロチームとの間の契約形態はそれぞれで異なる場合もあり一概に語ることが出来ない(例えばエージェント契約のような場合もあればマネジメント契約や都度の業務委託の形もある等)かもしれませんが、多くの場合労働者として保護される雇用契約の形態をとっていません。私は法律の専門家ではありませんので契約のあり方や内容について踏み込んで言及することは適切ではないかもしれません。ただ社会一般においても委任契約の名の下に働き手の権利が守られていない状況が近年顕著になりつつあり、同時に問題視されていることも踏まえると、eSports選手の権利をどのように保護するかは現在の業界にとって重要であり、より注目されるべきテーマであると感じています。
 eSports選手とプロチーム等との契約の特殊性は、多くの場合選手が非常に若いということにあります。未成年であれば契約にあたって親権者の同意も必要ですが、2022年の法改正で現在は18歳であれば成人として個人の判断で契約することが出来ます。正直なところ18歳の若者が契約上自身が就かねばならない義務や保護される権利、その契約から起こり得る事柄について網羅的に理解することは簡単ではないと思います。自分の肖像権がどのように扱われるのか、契約の解除条項が具体的にどんなときに適用される可能性があるのか、専門家でなければもっと社会経験のある大人でも簡単には理解出来ないこともあります。「でも契約ってそういうものでしょ」と言ってしまえばそうかもしれませんが、eSportsシーンでの課題点は同様に若年者がチームと契約することの多い身体プロスポーツ(例えば国内プロ野球を想像してみて下さい)と比べて参考に出来るような前例がほとんどなく、公平性を担保する組織や相談出来る先も非常に限られていることにあります。
 所属選手の不祥事が明らかになったときによく目にする結末は契約解除ですが、他にも(恐らく契約での定めに従って)一定期間の活動停止処分や減俸等も行われています。あるいは不祥事でなくても、チームのアクティブロスターから半年外れて出場機会がないのに契約解除や移籍が出来ず、涙をのむ選手が出ることもあります。こうした状況が全て公正であるかと問われれば、私はそうは思えません。大前提として国内のeSports選手契約を取り巻く状況は5年前と比べて明らかに改善してきているとは思います。しかしながら海外で行われているようなエージェントを介した契約というのはあまり耳にしたことがありませんし(規模の問題はあると思いますが)、先に述べたように参考に出来る前例や裁判の判例、サポートするような組織も僅少です。選手の権利を保護するために選手会やユニオンのようなものが必要かという部分については、今の段階ではまだ大分議論の余地がありそうですが、状況をより良くしていくために出来ることは他にもあるはずです。法律・法務の専門家の方々の中には先駆け的に選手サイドの権利や問題意識について啓蒙、情報発信をしておられる方も幾人かおられますし、私も微力ながら専門学校での授業で大枠を扱うことがあります。私とYouTube等で若いeSportsプレイヤー向けの情報発信に取り組んで下さる法律の専門家の方がもしおられましたら、是非ご連絡下さい。
 ここで書いたような契約を取り巻く選手の権利の問題に取り組むことはeSports選手の権利を保護するだけでなく、選手がどのようにチームと関わり、何を提供してビジネスを行っていくのかという部分の理解を促進することに繋がると考えています。結果として当事者となる選手自身はもちろん所属先のチームやシーン全体にとっても間違いなくプラスになる取り組みだと思います。

ファンダム――私たちには何が可能か

 PUBG JAPAN CHAMPIONSHIP参加規約の参加条件の項に私にとって印象的だった一文があります。「(略)また、本大会を通して共にファンダムの形成を共に実行出来ること」。これは確か初期の規約にはなく、後から追加されたものだったと記憶しています。大会運営の方がどのような想いでこの一文を加えられたかはわかりませんが、推し量ることは出来ますし、私はこれを読んだとき推し量らねばならないと感じました。
 ここでのファンダムの定義は「熱狂的なファンによって形成され、支えられているグループ」としておきます。

大会参加者がファンダムのために出来ること

 ではそのファンダム形成のために、より多くの人に大会に注目してもらうために選手やスタッフとして大会に参加する人達は何が出来るでしょうか。例えばこうしたことがあると思います。
  • 情報、話題に反応する
    • X(Twitter)などのSNSで公式のアップデートや大会情報を引用して反応する、イベントやアップデート内容に自身の見解を加えたりして話題を広げる
    • 公式とフォロワー層が被っていたとしても繰り返し目に触れることには思った以上に効果があります。周知につながり、新しい話題が生まれるきっかけにも
  • 話題を作る、提供する
    • 動画投稿やイベントの開催等を行って自ら作成したコンテンツを提供する
    • ハイライト動画や切抜きクリップの投稿でも良いし、パッチノートの感想でも良いです。大会試合の特定のシーンについての感想や解説など、ファンが見たい、知りたいと思うもの
  • (もちろん)大会で活躍する、信じられないプレイを出す
 これは私の体感での話ですが、競技シーンの視聴者は他の競技シーンも追っている方が多い印象があるので、複数のイベントが重複する週末のゴールデンタイムに大会を見てもらう、応援してもらうためにも、シーンが盛り上がっていると感じられるor話題がある状態が続くことは大事だと思いました。そしてそれはひとりで行うことは難しく、シーンに関わる多くの人が同じ目的意識を持って取り組む必要があります。個々人の意識を、となると仕組みの部分で解決を目指さなければやや困難かもしれません。

チームへのインセンティブ、プラットフォームの可能性

 ファンダム形成への注力はもちろん参加チームにも恩恵を生みます。現在でも強力なファンダムを持つチームには物販やスポンサー獲得などで大いに恩恵がありますし、ゲームタイトルも選手もいつかはチームから去っていってしまうという視点で見ればファンダムこそがゲーミングチーム最大の財産と言うことも出来るかもしれません。反対にそのようなチームが新規参入したシーンには注目が集まります。
 飽くまで私の個人的な意見ですが、現在の一般的なeスポーツチームと競技タイトル・シーンとの関係性は、チーム側にそのシーンを盛り上げる動機が薄くなってしまっているように感じられます。どちらかと言えば盛り上がっているからシーンに参入する、シーンの人気がなくなったから撤退する、のみに終始していることが多く(経営判断としては当たり前の話ですが)、参加しているシーンを盛り上げるための施策や競技タイトル運営との協業はそう多くないように見受けられます(各シーンで多かれ少なかれチームに課されている業務はありますが)。PUBGのグローバルパートナーチームのような各シーントップのチームはコラボアイテムスキンの販売などもありますが、大会に参加するほとんどのチームにとっては大会で好成績を挙げる、自チームの認知を図る、ということが当然優先され、そこに加えて競技大会、シーンを盛り上げることで「直接的に」得られる恩恵は薄いのではないかと考えています。
 つまるところ、現在のeスポーツチームには国内のサッカーJリーグやバスケットボールBリーグに参加しているチームと違い、「試合そのものに集客する」必要がそこまで切迫していないし、集客するインセンティブが薄く、可視化されづらい状態にあると私は申し上げたいです。ホームスタジアムもなければ入場料収入もないので当然と言えば当然ですし、そもそもチーム経営においてeスポーツチームを身体スポーツのプロチームと比較して語ってよいのか(FPSやMOBAタイトルで活動するeスポーツチームがやっているように、野球とサッカーとバスケットボールチームを同一ブランドのチームが運営している状況というのは聞いたことがありません。構造が違うし、eスポーツのゲームタイトルに野球やサッカーほどの普遍性があるのかという議論もあります)という問題はあるのですが、PJSという国内大会が行われていた頃、大会でのペナルティ付与の対象として「大会運営が求めた大会個人配信視聴者数報告を期日までに行わなかった」という項目がありました。私は今日、この部分を選手個人ではなくチーム単位で担うことがシーンを盛り上げる上で有効ではないかと思います。
 次項にも繋がる話ですが、大会本配信と並行してオフィシャルのフィードを放映するチーム単位の配信が大会の度に用意出来るとチームの持つファン(=大会のファンでもある)が可視化されますし、大会側がそれに応じて何らかのリターンを与えられれば、チームサイドとしては今までよりも大会を盛り上げる動機づけが得られ、競技シーンにおけるファンダムに貢献しやすくなるのではないかと思っています。なんでも可視化することがいいことではないでしょうから実施可能な形態についてはもっとちゃんと考える必要がありますし、そうしたプラットフォームを用意するのが難しい(競技単位なら可能かもしれませんが大規模すぎて実施可能なシーンは限られそうです)こと、そして私はこの点に関して本当に外様が好き勝手を言っている状態なので、ただスケールさせることを考えるなら本配信に集めてスノーボールした方がいいからやってないんだ、とか、このシーンが実質的にもうそれやってますよ、とか可能な範囲でご指摘頂きたいです。

大会チャット欄――そのコメント、おばあちゃんに見せられますか?

 前項で述べたチーム単位の配信があったらいいのに、と私が思う理由のもうひとつは大会配信のチャット欄です。誤解のないように申し上げておくと、「厳しい意見や批判を書くな」と言っているのではありません。プロとして大会を戦っている以上不甲斐ない戦績ならそうしたことを言われても仕方ない場合もあると思いますし、度を越していなければ全然OKなチャット欄の使い方だと個人的には思っています。ただ中には明らかにラインを越えているもの(プレイングと関係ない選手の人格への中傷、場に相応しくない言葉遣い、視聴者同士の諍い、明らかな虚偽の情報の流布や、出場すらしていない選手への誹謗など)も存在します。目にする多くの人が不快な思いをするようなコメントもあります。公式の配信でそうしたコメントや投稿者を完全に排除するのは困難でしょうから、チーム単位での配信があれば良いのではないかと思うわけです。チームのファンが視聴者の主体となれば(そして配信個々の視聴者母数が小さくなれば)、概ね応援配信になると思います。
 ある程度大きなeスポーツの大会は程度の差こそあれコメント欄が荒れるという問題を抱えています。ここで一番のネックになるのが、大会を初めて観る人に勧めづらいということなのです。例えば常連の酔っぱらいが粗暴な言葉で野次を飛ばしている居酒屋のテレビでなくても、プロ野球は観ることが出来ます。サッカーの試合会場でサポーターが問題を起こしたならチームは当該の人物を入場禁止に出来るし、リーグから注意や処分を受けます。しかしながらeスポーツの大会配信はYouTubeでもTwitchでも開けばチャット欄がセットで表示され、そこには多くの「野放しになっている」コメントが流れています。初めて観る人には最悪のファーストインプレッションです。
 コメントは他の人の目に触れる前提のものです。そしてファンダムを創るのはファンです。それらを理解した上でも熱くなって、まだ試合が終わっていないのに「gg」と書いたり、「○○ざっこ」と書くのはもちろん自由ですが、最低限のラインは守らねばなりません。参考までに私は自分のラインとして「自分のおばあちゃんにこのコメントを私が書きました、と見せられるものか」を設けています。そうした意識と、先述のチーム別フィードでの棲み分けがあれば、もっと多くの人に大会観戦を勧められるのにな、と私は思っています。
 反対にSNSなどでいつも温かい応援のメッセージを下さる方は、チームや選手にとって本当にありがたい存在です。特に注目度の高い選手には沢山のメッセージが寄せられて、その全てにお返事していない場合もあるかもしれませんが、そうした応援はちゃんと届いていて、途轍もなく力になっていると私は思います。

プロゲーマーはスポンサーに何ができるか

 これまで度々例に挙げてきたJリーグの2022年の1部チームの財務報告を見ると、プロの身体スポーツチームでも収入の大部分がスポンサーからのものであることがわかります。eスポーツチームについて言えばもっとその割合が大きい場合がほとんどでしょう。ゲームの競技界隈ではアマチュアのチームや個人がスポンサー企業さんを探している場面をよく見かけますし、この話題はもう大分前から何度も話されてきたことですから今更改めてということでもありませんが、ありがたいことにプロチームに所属してスポンサー企業さんのサポートを受けた身として、もっと出来たなという後悔や反省に少々ビジネスをやったことのある人間としての視点を加えて、特に今プロ選手を目指していたり、プロ活動をしている若い方に向けて伝えたいと感じていることを書いておきます。
 プロゲーマーになって活躍したい、成功を手にしたいという目標を持っておられる方に最初に申し上げておきたいのは少なくとも私の個人的な感触としては、コロナ禍で弾みのついたいわゆる「eスポーツ」の勢いは一旦収まってきている、ということです。SPACを使って鳴り物入りで上場した世界的有名チームFazeの株価は昨年1/100まで下落しましたし、NAなどの多数の名門チームが人員削減を行いました。けれどもこれはeスポーツやばいよ、というようなものでは全くなくて、最初の投資・拡大フェーズが終わり、実態を評価して持続可能な形を探してやっていきましょう、という話だと思っています。とはいえ少し前のように沢山の大企業がこぞってeスポーツに沢山のお金を出して…という状況ではもうないのではないか、どちらかと言えば社会に膾炙して溶け込んでいく段階なのでは、という感じです。
 それでも好きなゲームで、チャンスがあるならプロになりたいと思っておられる若い方も多いと思います。プロになる≒スポンサーがつくこと(多くはスポンサーのいるプロチームに入ること)という考え方もありますから、スポンサー企業の視点で「選手に何をしてもらいたいか」を考えてみます。もちろん私はスポンサードされる側であったことはあってもしたことはないので、そんな人間が推し量った内容です。「何をしてもらいたいか」という言葉を使いましたが、もしこれが明確にあるならスポンサー企業からすればお金を払ってその仕事を頼めばいいだけです。言葉に拘り過ぎるのはよくありませんが、ここでは「パートナーシップ」としておきます。
 選手とスポンサー企業とのパートナーシップはビジネスである以上、お互いに有益な互恵関係である必要があります。言うまでもなく当たり前の話ですが、そのスポンサー企業は何に期待してチームや選手とパートナーシップを結ぶのでしょうか。自社の製品やサービスの宣伝のため? あるいは企業のブランディングイメージのためでしょうか? 専門学校講師として10代の学生さんたちと意見交換していると、プロゲーマーとして活動するなら月に20-30万円のお給料が欲しい、という人が多いです(もし収入がこれだけでやっていこうと思うなら少なすぎる、という話もしたいのですがまたの機会に)。
 ではスポンサー企業が毎月20万円を宣伝のために選手とのパートナーシップに使うとして、理想的な広告効果は得られるのでしょうか。宣伝したい商品のインプレッション(表示回数)だけで言えば、同じ金額を他のweb上での広告やインフルエンサーへの広告案件に使うことでその選手のSNSフォロワーや月間ののべ配信視聴者数の何十倍、何百倍というインプレッションが得られることは確実です。乱暴な言い方をすれば選手は「ただ存在している」だけではパートナーシップを結ぶに値しないわけです。当たり前の話のような、「でもそれ以外の部分があるからスポンサーがつくんじゃないの?」という気もするような話です。私が「それ以外」の部分としてプロ選手を目指す方々に是非持って欲しいと思う視点はすごさ・応援してくれる人の熱量に注目することです。当然ながらこれらはインプレッション数やエンゲージメント、コンバージョン率といったwebマーケティングで測定可能な指標として用いられるものではありません(どちらかと言えばそうした事柄に注目するひとつ前段階で持っておきたいものです)。
 例えばゲーミングマウスを販促したい企業がいるとして、登録者50万人のガジェットレビューYouTuberと登録者2.5万人のプロゲーマーを広告先に検討するとき、比較対象であるプロゲーマーにある影響力が単純にガジェットレビューYouTuberの1/20ではプロゲーマーは競争に勝てません。しかしながらプロゲーマー、選手活動を行っている人は見かけ上少ないフォロワー(ここではそのままの意味でフォロワーです)に対してより大きな影響力を持つことが出来ると私は思います。ガジェットレビューYouTuberは今週自社の商品紹介をしてくれても、来週には競合他社のマウスを紹介しているかもしれないし、視聴者もガジェットレビューコンテンツを頻繁に見ている人たちです。対してプロ選手が実際にそのデバイスをプレイで使用して高く評価しているならその言にはより信頼が置けるし、フォロワー、ファンからすれば来週も同じマウスで活動している選手をスポンサー企業と一緒に応援しようという気持ちも湧いてきます。少し前ですが知り合いの選手が紹介したデバイス類がそこから月に数千万円売れたことがあった、という話を聞きました。フォロワー数や視聴者の数だけで見ればとても想像出来ない規模の数字です。
 プロの選手がスポンサー企業に貢献するには「強い」ことはもちろんですが、その強さを「すごさ」としてファンやフォロワーに伝えられる演出の技術や工夫が本人にも必要です(所属チームが全部やってくれる、というのもありだと思いますがここではプロ選手になりたい、スポンサーを獲得したいアマチュアチームの方向けに書いているので)。それは理論でもいいし、情念に訴えるものでも構わないと思います。スポンサー企業がただユニフォームにロゴが載っている、配信画面にオーバーレイがある会社ではなくて、選手とフォロワーが楽しんでいるゲーム、競技活動に共に参加しているパートナーであるとファンに伝えられるような状態を作るためには選手自身の貢献が不可欠なのです。そしてそれが出来ればスポンサー企業に対しても間違いなく魅力として伝えることが出来ますし、反対に上辺の数字だけを取り繕ってもeスポーツチームや選手の広告的価値はさほど高く評価してもらえないと思います。
 これは客観的、一般性のある事実ではなく私個人の視点ですが、スマートフォンの普及によって最後の層がインターネットに合流し溶け込んだ今、インターネットは最早誰にとってもフロンティアではありません。人々は「繋がり過ぎた」SNSで見たくない情報が雨のように降り注ぐ中、信頼出来る発信者を見つけることにも苦労しています。これから先はインターネット上でもより小さなコミュニティに一定程度個別化、分散していく流れになると考えています。広告が20世紀からの流れを引き継ぎ、この情報の洪水の中で露出のメディアを探し続けることは暫く変わらないと思いますが、一方でより小さなコミュニティの中で信頼出来る発信者・アイコンとして活動する人と企業が仕事をする機会は間違いなく増加するだろうとも思います。そのときにゲームという魅力的なエンタテインメントの中で、競技シーンのプロ選手とファンのコミュニティには確実にスポンサー企業にとって魅力的な選択肢となり得る熱量を生むことが出来るし、そうなるべく若い方々には是非自分の「すごさ」を伝えることに意識を置いて活動して頂きたいのです。

プロゲーマーはストリーマーに勝てるのか――最強の価値は?

 この項の題が大変扇情的で申し訳ありません。しかし勝ち負けなんて野暮なことは言わずとも、ストリーマー大会の存在は今や競技シーンでのプロ活動について言及するときに避けては通れない議論でもあると思います。ここ数年専門学校などでも若い人に話を聞いてみると「プロゲーマーになりたい」よりも「ストリーマーになりたい」という人達が増えたと感じます。これは厳密に言えば「プロゲーマーを仕事にしたい」「ストリーマーを仕事にしたい」ということだと思うのでどちらも大変な道のりではあるのですが、前項の広告的価値という話などを脇に置いてもプロの競技シーンに「より多くの人に見てもらう、より沢山の人と盛り上がる」という命題があるのならば、プロの競技シーンは現状ストリーマー大会の方が視聴者が沢山いて、話題になっている状態に危機感を覚えねばならないことになります。
 最強を目指さなければならない競技シーンのプロと必ずしもそうではない、視聴者にとって楽しいコンテンツを提供するストリーマーの大会を同じ土俵で評価すること自体がおかしいという意見もあります。10数万人という桁違いの同接視聴者がいることもあるCrazy Raccoonさんのストリーマー大会「CRカップ」を例に挙げるなら、それぞれのチームがスクリムで練習する様子、チームや各自の課題点や困難に遭遇し、試行錯誤や努力してそれを乗り越えようとする様、そして緊迫感のある本番という最高のエンタテインメントの過程が数日~数週間で行われます。推しのチームの結果が振るわなかったとしても過程のドラマを見てきた視聴者はストリーマーにねぎらいの言葉をかけてくれます(たまに怒っちゃう人もいるみたいですが)。
 対してプロの競技シーンは(大会ということに限って言えば)はるかに残酷です。多くのチームは戦略や戦術を秘匿する必要性からスクリムでの練習や反省会は公開せず、数ヶ月をかけて大会に向けて準備しますが、その過程のほとんどはファンや視聴者の目に触れることがありません。そして大会でたった1チームしか手にすることが出来ない「最強」になれなければ選手たちにとっても、ずっと応援し続けてくれたファンにとっても結果はとても苦しく辛いものです。もちろん競技シーンでもそんなときに温かい言葉をかけて下さるファンの方々は大勢いるのですが、私ですらチームでの活動が終わったときに得も言われぬ開放感を感じたくらいなので、当の選手たちにかかっている重圧がどれほどのものか、到底推し量ることは出来ません。
 前述の通りストリーマー大会の方が過程も見ることが出来て多くの人が視聴し、話題になっているのに、プロの競技シーンに価値があるのか、ということについて私の意見を申し上げるなら、競技シーンを通して証明される、というか現状ほぼ競技シーンを通してしか証明出来ない「最強」であることの価値というのは間違いなく存在していると思います。大会参加者にはその「最強」が確実に価値があるから参加するし、競技シーンにいないけれどそのタイトルをプレイしているというゲーマーにとっても価値があることは明白だと思います。もし公式の競技シーンがなければ最強を決めるために誰かがコミュニティ大会を開いたり、インゲームのランキングで競い合うでしょう。それくらいには価値があり、この価値はプレイをしているゲーマー自身の中にあるので恐らくどんなに注目度が低かろうと無くなることもありません。
 ゲームタイトル公式の興行として行う大会ということになると必ずしもゲームをプレイしていない人の方も向く必要があり、その商業的価値、広告的価値も問われると思いますので話は変わってきますが、私はそこでも「最強」を決める競技シーンには普遍的な価値をもたらす力があると思っています。誰よりも全力でそのゲームの競技に取り組んでいるプロ選手の視点や考えを知りたい人は沢山いるし、今後国内の競技大会がより大きな商業的成功を望むのであれば、必要なのは大勢に支持され楽しまれているストリーマー大会から真似できるエッセンスを学びながら、(何度も言いますが)プロ選手の「すごさ」、競技やコミュニティの熱をもっと外の人達に見てもらえるように大会運営サイドだけでなく選手自身やチームが主体的に参加して伝えていく努力をすることではないでしょうか。
 大変長くなりましたが拙文をここまで読んで下さりありがとうございました。中々まとまって話す機会がなかったことについて書きたかったので、お読み頂いて思ったことやご指摘、反論などあれば是非私のX(Twitter)やDiscordなどに送って下さると冥利に尽きます。お仕事のご依頼もお待ちしています。同様の連絡先がメール宛にご連絡下されば幸いです。